明治30年12月26日埼玉県に生まれる。
参議院議員として30年にわたり国政に参画し、国政全般のほか、とくに科学技術の振興、勤労者の福祉向上や戦争犠牲者の援助に尽力する一方、 経営者として合理的一貫生産、直販方式ならびに無借金経営等の先進的経営により今日の大正製薬の礎を築いた。
ちなみに科学技術庁長官時代に建設が始まったのが、種子島宇宙センターである。ロケットの打ち上げには地球の自転遠心力を利用するのが 有利であるため、発射場はできるだけ赤道に近い立地が望ましいが、沖縄返還前の当時、諸条件が適合し最も緯度が低い場所が種子島であった。
正吉は長官としてこのような科学的知見に数多く触れるうちに、わが国にとって科学技術が生命線であるとの確信を持つに至ったようで、 家族にも「終戦で小さな国土に押し込められたわが国にとって、科学技術ほど大事なものはない」とよく話していた。
なお上原記念生命科学財団の贈呈式は、正吉の功績を称えて、その命日の前日となる3 月11日(休日の場合はその前日に)に毎年開催している。
昭和58年3 月12日死去(享年85才)。