33上原記念生命科学財団研究報告集, 39 (2025) 細細胞胞内内生生体体分分子子濃濃度度定定量量法法のの確確立立とと液液液液相相分分離離へへのの応応用用 細胞内生体分子濃度定量法の確立と液液相分離への応用東東北北大大学学 薬薬学学研研究究科科 分分子子薬薬科科学学専専攻攻 生生物物構構造造化化学学分分野野 東北大学 薬学研究科 分子薬科学専攻 生物構造化学分野【【目目的的】】細胞内は、タンパク質や核酸、脂質などの多種多様な生体分子が高濃度に存在する、いわゆる分子夾雑環境にある。さらに、近年注目を集めている、細胞内液液相分離現象(LLPS)が示すように、その分布は時間的にも空間的にも均一ではない。例えば、細胞へのストレスなどに応答して、LLPS を介して、特定の分子が集合することで高濃度な液滴を形成し、酵素反応が効率的に進んだり、逆に停止したりする。このような液滴は膜のないオルガネラ(membraneless Organelle:MLO)と呼ばれ、細胞内で起こる化学反応を時空間的に制御していると考えられ、細胞の恒常性を維持するために極めて重要な役割を果たしている。一方で、このような液滴内部の反応場としての性質はほとんどわかっていない。本研究では、生細胞内における生体分子濃度や化学組成の分布をその場で定量的に可視化する手法を開発し、細胞内液滴の化学組成から反応場としての性質を定量し、液滴の機能と役割を解明する。 【【方方法法】】ラマン顕微鏡を用いて、NIH3T3 細胞のラマンスペクトルイメージを取得した。得られたラマンスペクトルイメージについて、交互最小二乗法による多変量分解(MCR)解析を行い、3,600 個のラマンスペクトルを 10 個の成分スペクトルとその空間分布に分解した。タンパク質や DNA、RNA などの水溶液のスペクトルを取得し、得られた成分スペクトルと比較することで、得られた各成分スペクトルを帰属した。さらに、細胞外の水のラマンバンド強度を用いて成分スペクトルを規格化し、水溶液のラマンスペクトルと比較することで、それぞれの成分スペクトルの分布から濃度分布を求めた。また、ラマンイメージを取得した細胞について、ラマン顕微鏡下で固定化、DAPI 染色を行い、ラマン顕微鏡に導入したスピンディスク型の共焦点蛍光ユニットを用いて、蛍光画像を取得した。 【【結結果果】】細胞のラマンイメージを MCR 解析し、水溶液のスペクトルと比較することで、タンパク質、DNA、RNA、脂質と、シトクロムに由来する共鳴ラマンバンド、さらにガラスや生体分子からのブロードな蛍光成分に分離、同定した。各成分の空間分布から、細胞の核内に DNA が豊富な領域と RNA が豊富な領域を可視化することに成功した。同一細胞の DAPI 染色後の蛍光画像から、DNA が豊富な領域はヘテロクロマチンであること、また明視野画像から RNAが豊富な領域は核小体であることが分かった。さらに、ヘテロクロマチン領域においてのみ、脂質に由来する成分が含まれていることが分かった。水のラマンバンドを用いて規格化した成分スペクトルからそれぞれの領域の濃度を求めると、ヘテロクロマチンでは DNA 濃度が 16 mg/mL であるのに対して、周囲の核質では 3.8 mg/mL であり、ヘテロクロマチンの方は 4 倍以上 DNA 濃度が高いことが分かった。一方で、タンパク質濃度はヘテロクロマチンと核質でほとんど変わらず、水と主要な生体分子濃度から求めた総密度もそれぞれの領域でほとんど変わらないことが分かった。また、ヘテロクロマチンを弛緩することが知られているトリコスタチン A(TSA)を用いて細胞を処理すると、ヘテロクロマチン内の DNA 濃度が 30%程度減少するだけでなく、脂質量も大きく減少することが分かった。 【【考考察察】】ラマンイメージングと MCR 解析を組み合わせ、水のラマンバンドを強度標準とすることで、細胞内の生体分子濃度を定量的に可視化することに成功した。特に、同一細胞の蛍光画像と比較することで、ヘテロクロマチン領域を同定し、周囲核質との濃度の違いが 4 倍以上であることを定量的に示した。過去の文献でも蛍光画像と屈折率測定からも、4 倍程度の違いと見積もられており、妥当であると考えられる。一方で、これまでの測定では絶対濃度を定量することは難しかったが、本研究では水を強度標準とすることで、絶対濃度を取得することに成功した。また、核内において、脂質がヘテロクロマチン内に選択的に濃縮していることが分かった。TSA 処理によるヘテロクロマチンの弛緩に伴って、DNA だけでなく脂質の含有量も変化したことから、脂質の存在がヘテロクロマチン形成に大きく関わっていると考えた。脂質の取り込みによってヘテロクロマチン内の誘電率が小さくなることで、DNA とタンパク質の静電相互作用が大きくなると考えられることから、脂質が細胞内の環境を決定する“molecular glue”のような働きをしていると提案した。開発した手法は、他の様々な MLO にも適用可能であることから、種々のタンパク質への蛍光ラベルと組み合わせることで、今後は様々な細胞内液滴の濃度定量を行うことを計画している。 【【発発表表】】 1) Machida, M. et al. Lipids Are Involved in Heterochromatin Condensation: A Quantitative Raman and Brillouin Microscopy Study. bioRxiv. 2025 DOI:10.1101/2025.02.26.640449 梶梶本本 真真司司 梶本 真司上原記念生命科学財団研究報告集, 39(2025)
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