上原記念生命科学財団研究報告集, 39(2025) 上原記念生命科学財団研究報告集, 39 (2025) 153炎炎症症性性腸腸疾疾患患ににおおけけるる免免疫疫代代謝謝とと細細胞胞間間相相互互作作用用のの解解明明 炎症性腸疾患における免疫代謝と細胞間相互作用の解明東東京京科科学学大大学学 総総合合研研究究院院 MM&&DD デデーータタ科科学学セセンンタターー AAII シシスステテムム医医科科学学分分野野 東京医科歯科大学 M&Dデータ科学センター AIシステム医科学分野消化管は栄養の消化・吸収を担うだけでなく、体内の免疫細胞の 70%以上が集積する重要な免疫組織である。炎症性腸疾患は免疫系の異常により消化管を中心に慢性的な炎症を生じる疾患群であり、潰瘍性大腸炎とクローン病が 含まれる。現在、世界で約 500 万人がこれらの疾患を抱えており、1990 年の約 340 万人から増加傾向にある(Wang et al., BMJ open, 2023)。日本でも両疾患は厚生労働省の特定疾患に指定され、その病態の包括的理解と有効な治療法の確立が急務である。炎症性腸疾患の発症にはヒトの遺伝的素因、食事やストレスなどの環境因子、腸内細菌叢を介した免疫異常が関与すると考えられている。しかし、消化管内の恒常性は多種多様な細胞が相互作用する複雑なシステムによって維持され、そのシステム全体が破綻する炎症性腸疾患の真の原因は未だ解明されていない。 近年、「免疫代謝(immunometabolism)」という概念が注目されているが、これは免疫応答と細胞内代謝が密接に 結びついていることを示すものである(Artyomov, et al., Cell Metab., 2020)。例えば、抗原認識による T 細胞や B 細胞の活性化には脂肪酸分解の亢進が不可欠である。また、M1 マクロファージでは解糖系が、M2 マクロファージでは TCA 回路がそれぞれ活性化し、これが両者の機能差に直結している。このような免疫–代謝連関の不全は、糖尿病やアテローム性動脈硬化症、関節リウマチなどの慢性炎症性疾患やがんにも深く関連している。しかし、疾患や関与細胞の表現型が多岐にわたるため、個別の免疫代謝リモデリング機構はほとんど解明されていない。炎症性腸疾患においても、炎症応答に伴う各種免疫細胞の代謝リモデリングが予想されるが、その詳細はほとんど不明である。 そこで本研究では、公開されている炎症性腸疾患患者および健常者の消化管由来 scRNA-seq データを活用し、主要な細胞種ごとに代謝の数理モデルを構築した。数理モデルによって複雑な代謝ネットワークを定量的に解析することで、炎症性腸疾患における免疫代謝の異常や細胞間相互作用の変化を明らかにすることを目指した。まず、先行研究 (Smillie et al., Cell, 2019)より 12 名の健常者と 18 名の潰瘍性大腸炎患者から得られた大腸 scRNA-seq データ(計20 万細胞以上)を取得した。また、深層学習に基づく代謝フラックス(代謝反応の反応速度)推定手法である scFEA (Alghamdi et al., Genome Res., 2021)をもとに、タンパク質の複合体やアイソザイムなどの関係性を表現した、さらなる高精度な代謝モデル構築手法を新規に開発した。開発した手法を取得したデータに適用し、健常者および潰瘍性大腸炎患者の各細胞種における代謝フラックスを算出した(図参照)。その結果、健常者のナイーブ T 細胞と比較してCD8+エフェクターメモリーT 細胞では解糖系やアミノ酸異化経路のフラックスが顕著に高く、既存の知見と一致した(Rivera et al., Front Immunol., 2021)。次に、潰瘍性大腸炎患者では内皮細胞において解糖系およびペントースリン酸経路のフラックスが低下し、アスパラギン酸代謝やリジン分解経路も同様に抑制されていることを確認した。さらにCellChat(Jin et al., Nat. Commun., 2024)を用いた細胞間相互作用解析により、上皮細胞と好中球間の IL-8 シグナルや Treg とエフェクターT 細胞間の TGF-βシグナルなど、腸管内のシグナルネットワークの変容を捉えた。以上のように、潰瘍性大腸炎における免疫代謝の特徴を定量的に示すことができた。現在は、免疫細胞と代謝経路の詳細な相関解析、および実験的検証に向けた準備を進めている。 図.健常者および潰瘍性大腸炎患者由来の scRNA-seq から算出した代謝フラックスの UMAP 現在の所属:東京科学大学 総合研究院 M&Dデータ科学センター AIシステム医科学分野大大野野 聡聡 大野 聡153
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