上原記念生命科学財団_研究報告集vol39_デジタルブック用
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上原記念生命科学財団研究報告集, 39 (2025) 上原記念生命科学財団研究報告集, 39(2025) 115老老化化細細胞胞ががウウイイルルスス感感染染防防御御にに与与ええるる影影響響のの解解明明 老化細胞がウイルス感染防御に与える影響の解明山山口口大大学学 大大学学院院医医学学系系研研究究科科 薬薬理理学学講講座座 山口大学 大学院医学系研究科 薬理学講座【【研研究究のの背背景景】】細胞老化とは、正常な細胞が修復不能な DNA 損傷や、発がん遺伝子の活性化、大量のサイトカイン刺激など、発がんの危険性があるストレスにさらされることで、細胞周期チェックポイント因子である p16INK4a やp21Cip1/Waf1の発現により誘導される、不可逆的な細胞増殖の停止現象である。老化細胞はアポトーシスと並び、異常をきたした細胞がこれ以上、体内で増えないようにする重要ながん抑制機構として機能していることが知られている。しかしながら、アポトーシス細胞と異なり、老化細胞は速やかに体内から排除されるわけではなく、加齢と共に体内に蓄積していくことが、老化細胞マーカーである p16INK4aの発現をルシフェラーゼの発光で可視化するマウスを用いた研究から明らかになってきた。このような老化細胞だが、私たちに害がなければ蓄積することに大きな問題はないが、近年の研究より、senescence associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれる表現型をとり、炎症性サイトカインやケモカインをはじめ、様々な炎症性物質(SASP 因子)を放出するようになることが知られている。さらに、SASP 因子の放出を介し、がんやアルツハイマー、動脈硬化など様々な加齢性疾患の発症に関連することが明らかになりつつある。我々は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が感染した細胞はしばらくすると細胞死を起こし、生体内からは排除されるが、感染細胞が分泌する炎症性サイトカインが周囲の非感染細胞に細胞老化を引き起こすことを明らかにした。さらにこの様に誘導された老化細胞は、ウイルスが体内から排除された後も続く、慢性的な炎症反応に関与していることを筆頭著者として報告した[Tsuji et al, 2022, Nature Aging ]。しかしながらウイルス感染により誘導される老化細胞の生体内における機能は全く明らかになっていない。 【【方方法法】】c57BL/6 マウスに、mouse adapted strain の SARS-CoV-2(MA10)を感染させ、細胞老化を起こしやすい部位を特定するために、大脳、嗅球、嗅上皮、肺、小腸を回収し、RT-qPCR を行った。嗅覚の評価は olfactory habituation-dishabituation test を用いて検討した。 【【結結果果】】MA10 を感染させたマウスから大脳、嗅球、嗅上皮、肺、小腸を回収し、RT-qPCR にて感染後 4 日目でのウイルスの感染量、および感染後 14 日目での細胞老化マーカー遺伝子、p16 INK4aの発現を検討した。ウイルスは、嗅上皮、肺で非常に多く検出され、他の臓器では感染は認められなかった。特に c57BL/6 マウスに対し MA10 は肺炎を起こしにくいことが報告されているが、その報告とも一致し、肺よりも嗅上皮でのウイルス量が顕著に多くなることを見出した。この結果と相関して、p16 INK4aの発現も嗅上皮で高くなる傾向にあることを見出した。以上のことから、マウスモデルにおいて、MA10 は嗅覚に関与する部位に細胞老化を誘導できることが明らかになった。さらに、olfactory habituation-dishabituation test を用い嗅覚の有無を評価したところ、MA10 感染マウスでは嗅覚異常が認められた。Long COVID 患者では、長期的な嗅覚異常が報告されており、その原因として自然免疫系の特徴を持つ免疫細胞が長期的に嗅上皮に浸潤していることが、ヒトを用いた研究から明らかになっている[Finlay et al, 2022, Science Translational Medicine ]。確かに、我々のマウスモデルでも、該当する自然免疫系の細胞の長期的な嗅上皮への浸潤が認められた。しかしなぜ長期的に自然免疫細胞が活性化し続けているのかは依然として明らかになっていない。そこで、我々は、SARS-CoV-2 感染により誘導される老化細胞が、SASP を起こし免疫細胞の活性化を維持し続けているかもしれないと仮説を立てた。仮説の実証のため、老化細胞除去薬を用いた検討を行ったところ、老化細胞除去薬の投与で老化細胞が減少し、それに伴い自然免疫系の細胞の浸潤も緩和した。さらに、嗅覚試験を行ったところ、嗅覚異常も回復する傾向にあることが認められた。 【【考考察察】】引き続き、SARS-CoV-2 感染による老化細胞の出現が嗅覚に与える影響を検討している。現時点では感染後出現する老化細胞を除去することで嗅覚異常が回復することを示唆する結果を得ており、老化細胞を標的とした Long COVID 治療へと結びつく可能性が考えられる。しかしながら、老化細胞を除去してしまうことで起こる有害事象も報告されており[Grosse et al, 2020, Cell Metabolism]、老化細胞が本当に免疫細胞に影響を与えているのか、また、どのようにして周囲に影響しているのか、そのメカニズムを慎重に解明し、標的となる分子を見極めていく必要があると考えている。 辻辻 竣竣也也 辻 竣也115

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